当博物館の発光生物研究と展示-近刊のご紹介を添えて-【学芸員自然と歴史のたより】

2024.10.31

当博物館の発光生物研究と展示-近刊のご紹介を添えて-【学芸員自然と歴史のたより】

 

 蛍光灯やLEDなどの照明に囲まれた暮らしをしていると、夜であってもスイッチ一つで本が読める明るさになる環境が当たり前に感じられます。当博物館の自然館1階「発光生物」の展示は、身近に生息しているもののあまり実感できなくなってしまったホタル類や夜光虫から、見に行きたくてもなかなか見られない深海の発光魚や海外の発光動物まで、様々な光る生き物について知ることができるコーナーです。

 当博物館「発光生物」展示は、現在の自然館がオープンした1970年に誕生しました[※1]。自然館1階には「発光生物」のほか、「深海生物」、「植物」、「海の生物」、「哺乳類」、「爬虫類」、「両生類」、「昆虫類」、「魚類」、「鳥類」、「地球の歴史」、「美しい標本」といった、主に生物分類に沿った展示コーナーが設けられ、コーナー毎の展示更新や移動を経ながらも現在に引き継がれています。その中にあって「発光生物」コーナーは、設置当初から照明を暗めに設計され、発光生物をイメージした模型やイラストレーションには蛍光塗料を用いて発光を表現し、暗い中でも読めるように上部パネルには透明なカラー写真フィルムの裏側から照明光を透過させるコルトン看板が導入されました(図1)。

 

図1:当博物館の「発光生物」展示の一部.ガラスケース内には標本や模型や大型イラストが収められ,上部には低照度下で視認性に優れたコルトンパネルが設置されている.

 

「発光生物」展示は、自然館の開館当時の館長であり、当博物館の開館(1954年)以前から横須賀市の郷土文化研究室の室長として博物館開設に尽力した羽根田弥太博士(1907~1995)の手によるものです。同博士は一部の発光動物で知られる共生発光(発光バクテリアを利用した発光現象)の研究をきっかけに日本や東南アジア・西太平洋で様々な発光生物を研究し、1950年代後半以降の国際的な発光生物研究では日本の代表として活躍しました。同博士が数多く遺した業績の一つに、当時の研究半生を振り返って一般向けに執筆した『発光生物の話』[※2]という本があります(図2:左)。海ではバクテリアやプランクトンから魚介類まで、陸では昆虫やミミズやキノコといった様々な発光生物が取り上げられ、そうした各生物の生態や研究史、同博士による研究内容や興味深いエピソードが紹介されています。

 

 当博物館には、「発光生物」のコーナーに展示されている標本以外にも羽根田博士が遺した標本や研究資料があります。標本は羽根田発光魚コレクションや羽根田発光昆虫コレクションとして整理[※3, 4]されている一方、研究資料はようやく最近になってその全容の把握と整理を目指した作業に着手したところです。研究資料には様々な発光生物や研究者の名前が出てくるのですが、そうした生物や人物を理解する上で、前掲の『発光生物の話』は欠かせません。そんな作業をしながらふと思ったのは、羽根田博士による「発光生物」の展示と『発光生物の話』は、展示とその解説書としてこの上ない組み合わせだということでした。半世紀以上前に出版され、現在は絶版となっているこの本を手にした当時の読者にとって、同書で言及された国内外の様々な発光生物の標本・図解・模型が一堂に展示されている横須賀の博物館は、発光生物の殿堂と呼ぶにふさわしい場所だったのかもしれません。

 

図2:『発光生物の話』(左,※2) と『発光生物のはなし』(右,※5)

 

2024年10月、発光生物に関する一般向けの書籍『発光生物のはなし』[※5]が刊行されました(図2:右)。奇しくもこの書名の主題は前出の『発光生物の話』と重なります。これには発行した出版社のシリーズ「~のはなし」の一つであるだけでなく、発光生物の国内一般向け書籍の「先輩格」への敬意も込められていると、本書の編者であり執筆者の一人でもある中部大学の大場裕一教授が序文で述べておられます。大場教授とは羽根田博士の標本や研究資料を通してご縁があり、「発光生物のはなし」へのコラム執筆[※6]も同教授の計らいで実現したものです。本書をご覧いただく際には、およそ半世紀のあいだに発光生物研究が新たに見出した数々の「光」とともに、当博物館展示と発光生物研究との関係にもご注目ください。

 

(昆虫学担当:内舩)

 

※1 羽根田弥太 1971. 横須賀市博物館新館の完成. 横須賀市博物館雑報, (16): 1–6.

※2 羽根田弥太 1972. 発光生物の話-よみもの動物記-. 225ページ. 北隆館. 東京.

※3 林 公義・大場信義, 1980. 横須賀市博物館所蔵発光生物資料目録 (I) (昆虫綱・軟骨,硬骨魚綱). 横須賀市博資料, (5): 1–26.

※4 望月賢二・藍澤正宏・林 公義, 1985. 横須賀市博物館所蔵発光生物資料目録 (II) (軟骨・硬骨魚綱). 横須賀市博資料, (9): 1–15.

※5 大場裕一編 2024. 発光生物のはなし-ホタル,キノコ,深海魚……世界は光る生き物でイッパイだ-. 182ページ. 朝倉書店. 東京.

※6 内舩俊樹 2024. コラム2 羽根田弥太と日本の発光生物学. 大場裕一(編): 発光生物のはなし-ホタル,キノコ,深海魚……世界は光る生き物でイッパイだ-. 37–40. 朝倉書店. 東京.