三浦半島に再出現したシルビアシジミ【学芸員自然と歴史のたより】
シルビアシジミは体の小さなシジミチョウ類の一種で、見た目は各地に普通に分布しているヤマトシジミに似ています(図1)。西日本を中心に分布し、東の端にあたる関東地方では栃木県・千葉県とともに神奈川県もまた分布域の一つでした。神奈川県ではかつて大型河川沿いや海岸部に本種の分布が確認されていたのですが、1970年代には三浦半島が県内唯一の生息地となり、1990年代を最後に「減少し近年記録がないかごくわずかな種(≒絶滅種)」(内舩ほか,2013)と判断されるに至っています。
図1:シルビアシジミ (A) とヤマトシジミ (B).矢じりで示した黒斑(後翅裏面第6室基部黒斑)が,Aでは内側に偏り,Bでは前後の黒斑と円弧状に並ぶ.内舩ほか (2021) から転載.
神奈川県唯一の生息地であった三浦半島で、見られなくなった(≒絶滅した)と思われていたシルビアシジミが再び発見されたのは2014年7月のことでした。知らせを受けてすぐ、博物館では三浦半島における本種の継続的なモニタリング体制を発見者の方と構築するとともに、発見場所の保護ならびに発見情報の管理に関する検討を並行して行いました。
図2はシルビアシジミについて、2014年以降にモニタリング調査を行った10地点(①~⑩)と、文献調査によって1990年代以前の記録がある場所(★1~★12)、2014年8~9月に偶発的(後述)に発生が確認された場所(★13)を示しました。
図2:モニタリング調査地点ならびに記録のあった場所.本文参照.★1は戦前の古い記録で本文では触れない.内舩ほか (2021) から転載.
モニタリング調査は、2014年の夏から2018年の秋までの約5年にわたり、前述の10地点のすべてもしくは一部について毎月3回(上・中・下旬)実施(冬季[12月~翌年3月]を除く)し、写真撮影もしくはいったん捕まえて種を判定してから再び放し、シルビアシジミであるかどうかを確認しました。約5年間の調査で、本種の成虫を137件のべ800個体以上を確認しました。
三浦半島で再出現したシルビアシジミについて、調査によって明らかになったことが3つあります。
一つめは、化性と発生時期が明らかになったことです。化性とは世代の繰り返し回数と年次との関係を示すもので、一年で一世代を繰り返すカブトムシは年1化と表し、一年で数世代を繰り返すチョウなどではその回数により年3化、年5化などと表します。今回の調査でシルビアシジミは年5化で、第1化(春にその年最初の成虫が出現する時期)は4月下旬から5月中旬、同様に第2化は6月上旬から同月中・下旬、第3化は7月中旬から8月上旬であることを、多くのデータから高い確度で推定することができました。なお、第4化(9月上旬頃)と第5化(10月中旬頃)については、データが少なかったために発生時期はおよその推定に留まりました。
二つめは、再出現個体群の発生中心が明らかになったことです。それは図1の調査地点①~④が分布する、三浦半島北部西岸地域です。越冬した幼虫が成虫になる第1化とその子世代である第2化は、いずれもこの北部西岸地域でしか確認されませんでした。つまり、今回の再出現個体群は、北部西岸地域で周年発生、つまり越冬とともに年5化の世代を繰り返していたと考えられた一方、調査地点⑤~⑩の三浦半島南部西岸地域では、世代の繰り返しが途絶えていた可能性が高く、毎年、北部西岸地域から世代を繰り返しながら南へ移動分散した一部の個体群が、第3~5化の時期に記録されたのでは、と考えました。興味深いことに、1990年代までの生息個体群の発生中心は三浦半島南部西岸域であったことで、図1の★2~4のような三浦半島南端部でも生息が確認されていた上、最後まで確認されていた地点も★9という、今回の調査地点では周年発生が認められなかった場所でした。
三つめは、再出現個体群の由来が間接的ではありますが明らかになったことです。それは1990年代を最後に絶滅と判定された三浦半島南部西岸域の個体群に由来する子孫ではなく、三浦半島外の分布地からの分散もしくは移入によって三浦半島北部西岸域へ新たにやってきた個体群である可能性が高い、ということです。その根拠が、前出の発生中心の逆転(南部→北部)と、近隣での発見例(図1の★13)です。★13の記録は横浜市栄区上郷町で2014年の晩夏の短い期間、複数個体が確認されたというもので、過去にも周辺では記録がありません。
シルビアシジミは幼虫時代、ミヤコグサ(図3)という植物の葉を食べて成長することから、シルビアシジミの生息にミヤコグサは欠かせない存在です。ミヤコグサはシバ型草地のような草丈の低い環境を好むため、潮風害や草刈りなどによる撹乱がなく周囲の草丈が高くなりやすい環境は生育に適しません。草地環境の変化はシルビアシジミの生息にも大きな影響を及ぼすことが推測されます。しかし、三浦半島では少なくとも海岸のシバ型草地においてミヤコグサ群落は比較的安定していたことから、シルビアシジミの絶滅と再出現に対する食草ミヤコグサの影響は高くないと考えました。このことから、シルビアシジミが潮風害の影響を受けやすい海岸域の草地を一時的な発生地として利用し、より内陸のシバ型草地のミヤコグサ群落を発生中心として利用している、という仮説を、今回の調査は支持しています。
図3:ミヤコグサ
残念ながら、私たちの調査では2018年にシルビアシジミを記録できませんでした。このことから、2014年からの約5年間をひと区切りとし調査結果を公表することにしました(内舩ほか,2021)。しかし、私たちの調査地点以外でわずかではありますが、2018年にも本種の記録が三浦半島から得られています。博物館では、シルビアシジミのモニタリングや食草ミヤコグサを含む生息環境の保全(図4)への協力を継続しています。シルビアシジミを見つけたら、写真などを添えてぜひ博物館に教えてください。
図4:立石公園(横須賀市秋谷).シルビアシジミ発見により,公園を管理する横須賀市役所と連携し,散策路(写真手前)とシバ型草地との間に立ち入りを制限するロープ柵を設置した.内舩ほか (2021) より改変.
上記についての詳細は、以下に記した当博物館の研究報告に掲載されています。ご参照ください。(昆虫担当:内舩)
内舩俊樹・熊沢深一・中村進一 2021 神奈川県におけるシルビアシジミ (チョウ目:シジミチョウ科) の再出現:三浦半島でのモニタリング調査より. 横須賀市博研報 (自然), (68): 15-24. (引用文献) 内舩俊樹・芦澤一郎・鈴木 裕・中村進一・橋本慎太郎・柳本 茂 2013.三浦半島で記録された蝶とその動態.横須賀市博研報 (自然),(60):1-14. 「学芸員自然と歴史のたより」はメールマガジンでも配信しています。