『カマクラ』の名をつけたキクイムシ【学芸員自然と歴史のたより】

2022.09.09

 今年3月発行の当博物館研究報告(自然科学) 69号に掲載された報文(内舩・齋藤, 2022)で、日本初記録のキクイムシの一種に「カマクラキクイムシ」の和名をつけました。

 和名新称の命名に至った経緯は、2016年に「鎌倉市十二所産甲虫類コレクション(以下、同コレクション)」の寄贈を受けたことにさかのぼります。同コレクションは、横浜市金沢区にお住まいのカミキリモドキ類(昆虫綱コウチュウ目カミキリモドキ科)分類の専門家、秋山秀雄氏によって2010年から2014年までの5年間に自宅近くの鎌倉市十二所で採集された甲虫類(コウチュウ目)65科479種1,783点から構成されます。タマムシ(ヤマトタマムシ)やコクワガタなど比較的大型で目立つ種だけでなく、体長数ミリのベニモンアシナガヒメハナムシ(ヒメハナムシ科)[第1図]やツヤチビキカワムシ(チビキカワムシ科)[第2図]なども収集の対象とし、採集したものはできるだけ標本にしたことにより、一つの地域の甲虫類の顔ぶれ、つまり甲虫相を明らかにするための資料として価値があります。しかも、第1、2図のように体長数ミリの甲虫の脚や触角まで整形している美しい標本群です。前出の秋山氏は、同コレクションを形成しながら2011年から2015年にかけて神奈川虫報という雑誌に採集データを発表しました。博物館では同コレクションの標本データを秋山氏発表の採集データと突き合わせ、登録番号を付したリストを目録として再構成し、全479種の標本写真を撮影し、ナミテントウの斑紋変異1個体を追加した6図版480点の写真とともに、2017年3月に博物館資料集41号として発行しました。翌2018年夏には、同コレクションの標本すべてを特別展示「探検!スズメバチと身近な昆虫の世界」にて初公開しました[第3、4図]。

第1図:ベニモンアシナガヒメハナムシ(YCM-I 35519).資料集41号図版Cより.スケールは1 mm.

 

第2図:ツヤチビキカワムシ(YCM-I 35932).資料集41号図版Dより.スケールは5 mm.

 

第3図:2018年度特別展示「探検!スズメバチと身近な昆虫の世界」.

 

第4図:第3図の展示における鎌倉市十二所産甲虫類コレクション.

 

 同コレクションは分類の難しい多くの種を含むため、秋山氏からは一部の種については再検討が必要とアドバイスをいただきました。そこで、横浜市港北区にお住まいの甲虫類の専門家、齋藤 理氏に協力を仰ぎ同コレクションの再検討を行いました。これにより、一部の標本について別種への変更があったほか、再検討時点で最新の分類情報に沿った科の変更や学名・和名の変更がありました。こうした変更は、同コレクションの目録である資料集41号の正誤表にとどまらず、前出の秋山氏によって発表された一連の採集データにも関わり、さらには日本初記録となる種を含むことが明らかになったことから、当博物館研究報告(自然科学)での公表に向け、前出の齋藤氏と共同で (1) 資料集41号掲載のデータや図の修正および更新情報、(2) 秋山氏発表の採集データにおける学名や和名の修正、(3) 日本初記録や神奈川県初記録の報告、について一報にまとめました。

 カマクラキクイムシは、これまで中国、台湾、タイ、ベトナムから記録されていた Cyclorhipidion armiger (Schedl) に対して、日本で初めて見つかった地名(鎌倉市)と、種小名のarmigerが「武器を持つ(武装する)」という意味をもつことから鎌倉武士とをイメージして命名しました[第5図、第6図]。

第5図:カマクラキクイムシ(YCM-I 36783).研究報告(自然科学) 69号42ページ第3図より.スケールは1 mm.

 

第6図:第5図と同個体を左側面から撮影.

 

 奥野ほか (1977) や平野ほか (2018) などによれば、キクイムシは「木食い虫」、つまり樹木を加害する昆虫の仲間で、コウチュウ目キクイムシ科に属します。日本には約300種、神奈川県からは約90種が知られ、種によって加害する樹種が異なります。近年、三浦半島でも被害が目立つようになったカシノナガキクイムシは近縁のナガキクイムシ科に属していますが、これら2科はしばしばゾウムシ科の2亜科として扱われることもあります。カマクラキクイムシについては、海外の研究でウルシ科植物への食害が記録されているようですが、日本での樹種はまだ不明です。(昆虫学担当:内舩)

  参考文献

平野幸彦・秋山秀雄・松原 豊・守屋博文・西川正明・野津 裕・高橋和弘・滝沢春雄・露木繁雄・渡辺 崇, 2018. コウチュウ目Coleoptera. 神奈川県昆虫誌2018, pp. 227–639. 神奈川昆虫談話会, 小田原.

奥野孝雄・田中 寛・木村 裕, 1977. 原色樹木病害虫図鑑. 365pp. 保育社, 大阪.

内舩俊樹・齋藤 理, 2022. 横須賀市自然・人文博物館所蔵「鎌倉市十二所産甲虫類コレクション」の再検討. 横須賀市博研報(自然), (69): 25–42.

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