3Dスキャンで見る横須賀近代化遺産【学芸員自然と歴史のたより】
近代化遺産とは、幕末以降の我が国の近代化に貢献した産業や都市基盤施設などを総称して造られた言葉です。近代化遺産は、技術の変化や経済合理性などの理由から更新の危機にあるものが多いこと、未調査の遺産が多いこと、全体的な現存状況の把握すらできていないなどといった、歴史遺産としての保存上で大きな課題を抱え続けてきました。近代化遺産が文化財保護行政上の対象として本格的に扱われるようになったのは比較的最近で、おおよそ1990年代に入ってからのことであり、1990年代後半からは、国による重要文化財への指定の動きも広がってきました。そして、都道府県別による全国調査も開始されました。横須賀市では、当館と横須賀市教育委員会生涯学習課が連携し、全国調査が開始される前から市内の近代化遺産の全体調査に着手し、多くの近代化遺産の存在を確認し、一部については詳細調査も行ってきました。横須賀市による先行的な調査では人文系の学芸員全員がこれに参画し、地元の研究者や研究団体の支援も得て多くの遺産を確認し、台帳への登録を続けました。この台帳は、後に行われた市史編纂事業による近代化遺産調査、都道府県別に行われた近代化遺産調査の基礎資料としても活かされました。
都道府県別による全国調査に関して、神奈川県では、今から約10年前の2012年にその調査成果が、『神奈川県の近代化遺産 :神奈川県近代化遺産 (建造物等) 総合調査報告書』(神奈川県教育委員会、2012年3月)として刊行されました。その調査の結果、横須賀市内には、県内で一番多くの近代化遺産が所在することが確認されました。
横須賀市の近代化遺産の数があまりにも多かったために、商店建築は全体で1件、病院建築も特段に特筆すべき遺産以外は1件として、まとめてカウントする措置がとられました。それでもなお、横須賀市の近代化遺産の数は多く、1k㎡当たりに所在する近代化遺産の数といった分布密度の尺度でみてみると、その分布密度は横浜市の10倍ほどになり、横須賀市は近代化遺産が多い都市であるという事が数字上でも示されました。
横須賀市の近代化遺産には、数が多いという課題や特徴以外にも、ドライドックや砲台、水道など、規模が大きく地下構造物を伴う遺産が多く、実測調査が困難な遺産が多いという課題も抱えていました。これは大きな悩みでもありました。
そのような中、横須賀市教育委員会では、3Dスキャンによる歴史的建造物の実測調査、ならびに再生・利活用の研究で実績を重ねてきた「関東学院大学建築環境学部黒田泰介研究室」の協力を得て、横須賀市内に現存する近代化遺産の3Dスキャンによる調査研究を進めてきました。この3Dスキャンによる調査は、大形の構造物、地下構造物を伴う砲台跡やドライドックなどの計測と記録作業で大きな力を発揮し、学術調査と研究に資する有益なデータをもたらしました。これら3Dスキャンによる学術調査の成果は、横須賀市教育委員会が発行する文化財調査報告書、学会の学術論文などで次々と発表されてきましたが、3Dスキャンの映像を広く伝える機会はなかなかありませんでした。横須賀市内の近代化遺産の3Dスキャンによる調査例もある程度の数量に達してきたのを契機に、横須賀市の近代化遺産の魅力を広く伝えることを目的として、トピックス展示「3Dスキャンで見る横須賀近代化遺産」を横須賀市自然・人文博物館、関東学院大学建築・環境学部 黒田泰介研究室、横須賀市教育委員会生涯学習課が共同で企画いたしました。
本展は、3次元の点群データとして記録された横須賀近代化遺産の数々を、臨場感ある図版と模型によって紹介しようとする試みです。横須賀市に残る貴重な文化遺産の素晴らしさを再発見していただければ幸いです。(近代建築史担当 菊地)
トピックス展示「3Dスキャンで見る横須賀近代化遺産」期 間:2022 年 10 月 1 日(土)~ 2023 年 3 月 26 日(日)
場 所:横須賀市自然・人文博物館3階 第 1 学習室
主 催: 横須賀市自然・人文博物館
協 力: 関東学院大学建築・環境学部 黒田泰介研究室
資料提供: 横須賀市教育委員会生涯学習課
国指定史跡「千代ヶ崎砲台」 ①
明治25(1892)~明治28年建造、横須賀市西浦賀所在
国指定史跡「千代ヶ崎砲台」 ②
国指定史跡「千代ヶ崎砲台」 ③
地下と地上の構造物の位置関係の調査にも強みを発揮。構造物のわかりやすい解説にも活かせそうです。
浦賀1号ドック① (旧浦賀船渠株式会社・住友重機械工業株式会社 第1号船渠)
明治32(1899)年建造、横須賀市浦賀所在
浦賀1号ドック②
ドックと市街地との位置関係や高低差なども高精度で計測できます。このような広範囲な調査と記録保存にも有効。
展示会場
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